2009.11.04 Wednesday 20:58
ハラスのいた日々 (文春文庫)
posted with amazlet at 09.11.04
中野 孝次 文芸春秋 売り上げランキング: 47831
おすすめ度の平均: 

普通の、不変の、愛犬物語
すべての愛犬家に
犬好きのヨシミで推奨いたします。
骨太の愛犬物語
愛犬家の方へ一匹の柴犬が子のない夫婦のもとにやって来た
掌にのせられ家に到ったその日から
抱かれ冷たくなったその日まで
犬を“もう一人の家族”として
あとで映画にもなったようです。犬好きには大きな共感を持って読める本。(私は、中野さんのワンちゃんに接する心もちを読んで以来、「この人の本なら安心してどこまでも読んで行こう」と思ったものでした。)
本の冒頭部分、「帯」にも引用してある箇所は;「・・生涯に犬を飼うときがあろうなどと考えたこともなかったわたしが、ひょんなことから犬を飼うはめになり、その犬が人生の後半生の十三年間、欠くに欠かせぬ大事な伴侶になった。この十三年間のわれわれの歳月にはその犬が中心にいた感じである。たかが一匹の犬ころがかくも大事な存在になるとは、まったく思いがけない次第であった。・・・」
どこもここも心に沁みるのですが、仔犬、成犬、老犬の三段階をパラパラ引用しよう。
「・・仔犬はなにをおいてもまず可愛らしい。・・親きょうだいから離されて淋しいのか、クンクン鳴く。そこで居間に入れてやると、ほうぼう嗅ぎ回ってからやがてごろんと横になった。その寝姿が、いじらしくもあり、愛らしくて、何度でもそばに寄って見ずにはいられない。・・」
「犬が自らの意思で自由に駆けまわるのを見るのは、それだけでも気持ちのいいものだ。相当な段差のついている分譲地を、どこまでいったかと心配になるくらい遠くまで疾走していって、また枯葉をなびかせながら駆け戻ってくる。わたしが掴まようとするふりをすると、右に跳ね左に飛び、逆にこっちをからかい挑発し始める。若くてエネルギーに溢れる犬は、いくら動いても面白くてならないらしかった。」
「犬が老いてゆくのを知るのは、人間が老いるのを見るよりも辛い。これはたぶん、犬にあっては人間よりも遥かに時が流れ、また喜怒哀楽自分の思いを伝える言葉を持たぬ存在だからだろう。若くて凛々しかった犬も、いつか日中のほとんどは日なたに寝て暮らすようになっているし、見れば目にはめやにがつき始め、骨格があらわになるほど、老いの徴候はいやおうなく現れてきている。そんな証拠を新たに発見するたびに、わたしたちは情けないような悲しいような気分にさせられたものだった。」
犬好きには絶対おススめ!!(ハンカチが要るかも・・。)
(家族の一員ザンス!)





60台以後の楽しみとして、一、書。二、碁。三、酒。四、犬。五、読書。とある。
「犬」の箇所を少し長いが引用;
「老人夫婦だけの家庭は、何もなければ一日共に同じ家の内にいても、口を利くことが実に少ないものだ。話しても短い単語のやりとりぐらいだがで、一日中しんとしていることが多い。つまりさびしくなりがちだということで、最初の犬ハラスの死後五年犬を飼わずに通したあいだに、そのことを痛感した。 しかも老人はとかく一人で散歩はしにくいもので、出歩かなくなるから、その間に僕の脚力はあきれるほど衰えた。ぞっとしてまた犬を飼いだし、犬と朝夕二度全速力で歩くようになってまた元の筋力が戻ったが、その二つの意味で老人夫婦の家庭では犬を飼うのがいいと思う。犬をまた飼いだしてからは、犬が必ず何かをしでかし、それだけでもにぎやかになる。僕の住む街でも犬を飼う老人家庭は実に多い。」
中野さんもハラスも今は、北信州須坂のお寺(浄運寺)の墓所に眠っている。ご本人が作った墓誌銘の
表には、「ここに眠るは 中野孝次 中野秀 その愛せし者たち」とあるそうだ。
(追記ザンス)